7日目 in ブータン(トンサ → プナカ)
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"人の良さ"だけじゃなく、自然や建物も格別に良いブータン。
この日は今回の旅行で一番気に入った建物に出会った。
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日本の食パンと比べるとパサパサ、ボソボソしてるんだけど、この頃には3食の中で一番楽しみになっていたアサメシ。


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すぐ目の前の山なのに雲より高い部分があることに、写真を見て改めて気づいた。
今回の旅行は写真を撮るのがすごく楽しく、それは良かった事なんだけど、写真を撮って満足していて、実物を思いのほか良く見てなかったんだなーって思う。




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no,15《"トンサの商店街"》

   @トンサ・ゾンの手前すぐ(中央ブータン)

ブータンの中でも特に平地のない"トンサ"は、"ゾン"が建設されるまでは小さな寺と、その周囲にわずかな人が住む村しかなかった場所。
この商店街は200m程の距離しかなく、行政の中心というより、昔ながらの宿場町って雰囲気。


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朝早いからかもしれないけど、ほとんど人気がない。


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商店の品揃えはどこも同じ感じで、米から洋服まで一通り何でも売っている。




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次の目的地"プナカ"へ4〜5時間程のドライブ。
"ルンタ"があると思わず写真を撮りたくなる。


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行きにも寄ったレストランでお茶休憩。
店員の女の子達は、大抵一言二言の日本語を知っている。
途中で一人の女の子の腕に青い文字がデカデカ書いてあるのを発見して、一瞬『こんな女の子がイカツイ入れ墨を入れてるのか?』と、何が書いてあるのかを聞くと、『またブータンにいらしてください』って日本語の発音がボールペンで書かれていた。帰りがけに言ってくれようとしていたみたい。
こんな些細なことがやたらと嬉しく感じる。


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しばらく走ると、急にスキー場のような変わった光景が。
"ルクブジ"という村の耕作地で、耕地の半分は"ナタネ"で、もう半分は"小麦"だそう。
季節によってはとてもキレイになるんだって。




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no,16《"ペレ・ラ峠"》

   標高:3360m
   @ワンデュ・ポダンとトンサの中間辺り(中央ブータン)

日本に関東、関西って感覚があるように、ブータンにも一国を東西ふたつの文化圏に分けて区別する習慣があり、その分水嶺となるのがブータンの中央にそびえる"ブラックマウンテン"。
5000m級の山々が連なり、ここはブータン人にも"山"として認めてもらえるらしい。


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この"ペレ・ラ"という峠も標高が3360mあり、今回の旅行の中で最も高い場所。
さすがに寒く、"ルンタ"も凍りついている。


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そんな寒い場所にもかかわらず、土産物を広げて商売している一家がいる。
それもみんなかなりの薄着。寒さっていうのは慣れなんだろうか?




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"ノブディン"というここも行きに寄ったレストランでこの日のヒルメシ。


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外では木の山に埋もれながらひたすら薪割りをするお父さん。
これだけの量があればさすがに一冬越せそう。


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その隣では、まだ干し始めたばかりの唐辛子と牛肉が大量に並べられている。
ブータンでは冬の時期牛肉が手に入らないらしく、大抵の民家で牛肉が吊るされているのを見かける。


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外でウロウロしてると、行きにも沢山写真を撮らせてもらった子供たちがまた集まってきた。
さすがに数日前の事だけに子供たちもオレの事を覚えてくれていて、再度撮影会。
今回はお母さんも登場。
最終的には"ジミーさん"が『もうそろそろ行きましょう』と声をかけてくれたら解放されてものの、それが無かったらいつまでも放してくれなそうな感じだった。




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no,17《"プナカ・ゾン"》

   標高:1350m
   創建:1637年
   @ティンプーから車で3時間(西部ブータン)

標高が1350mと低く温暖な気候の"プナカ"は、1955年に"ティンプー"が『通年首都』になるまでの300年あまりの間、ブータンの『冬の首都』であったところ。
ブータンでは高地と低地にそれぞれ家を持ち、夏は涼しく虫の少ない高地で過ごし、冬は温暖な低地で過ごすという生活スタイルが昔から珍しくはなかったらしい。

この"プナカ・ゾン"は、全国の"ゾン"の中でも歴史的にも信仰的にも最も重要なゾンとされていて、20世紀に入ってから大規模な改修工事が行われたとのこと。
その改修にはやたらと力を入れたのか、内部に入ると他の"ゾン"とは作りの細かさが圧倒的に違う事に気付く。
さらに"キュンレイ"と呼ばれる大聖堂は規模も大きく、内装、壁画と全てにおいて美しかった。
この"プナカ・ゾン"が今回のブータン旅行での最もお気に入り建築。


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"ゾン"に向かって土手の上を歩くお坊さん。
後ろに生える木々が、どこか亜熱帯っぽい雰囲気。


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"ティンプー"のほとんどのお坊さんがこの時期は"プナカ"に集まっているらしく、中も外も沢山のお坊さんがうろうろしている。


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"ゾン"に入る吊り橋も2008年に架け直された伝統様式の屋根付き橋。


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"ゾン"内部への門。


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最初の中庭にはやたらと大きな"インド菩提樹"が立っている。オレの部屋でも"インド菩提樹"を育ててるんだけど、それなんて幹の一番太い部分でもたかだか2cm程。どれくらいの時間がかかってこんなに大きくなったんだろうか?
壁面には夕方の強い日差しがクッキリとした陰影をつくり出していて、ともて良い時間に来たって感じがした。


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窓周りのディテールが特に細かく丁寧に作られていて、他の"ゾン"ではペイントで終わらせているような部分もちゃんと立体的に作られている。


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3つ目の中庭の正面にはメインの"講堂"がある。
"講堂"に入ろうとしたら、中から一人のお坊さんが鐘を鳴らしに出てきた。
何を知らせる鐘なのかは分からなかったけど、きっとラッキーなタイミングだったはず。

この"講堂"はホントに良くって、写真が撮れないのが残念。


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この"ゾン"は規模が大きいだけじゃなく、レベル差もあったりと全体の造りも多少複雑でカッコ良い。
まさに"要塞"って雰囲気。




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この日のホテルは"ZANGTO PERLI GUEST HOUSE"という、"プナカ・ゾン"から車で30分程の場所にある、とてもキレイな棚田を見下ろすことが出来る丘の上に建っている。
部屋もキレイで、オイルヒーター、ドデカイTV、バスタブもある。バスタブは浸かる気にはなれない汚れ具合だったのが残念。




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バンメシまでの時間、山道を下り棚田を見ながらの散歩。
日も暮れてきて一日の農作業を終え、ただ家に向かって歩いているだけのその人々にとっては何て事もない光景なんだろうけど、オレからすれば"のんびりさ"も感じられるし、"人間らしさ"すらも感じられる。
"ワンデュ・ポダン"と近い場所にあり、温暖なここ"プナカ"にも"クリスマスフラワー"は沢山咲いていた。




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この日は久しぶりにまた誰もいないレストランでのバンメシ。
でもそんな寂しさを十分カバーしてくる存在がいた。なんと、この日のメニューには米の他に"チャパティ"があった。
"チャパティ"はインドとかのパンで、薄い"ナン"みたいなもの。
昔インドに行った際に一ヶ月ほぼ毎日食べながらも、全く飽きる事なく大好きだった食べ物なだけに、嬉しくて嬉しくて。


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レストランの隣に、"BAR"と書かれた看板のある建物発見。
この日は大半を車の中で過ごしただけに大して疲れてもいなく、寝るまでの時間潰しが出来る事に喜んだものの、扉は開いていなかった。
ホテルの人に『BARで飲みたいんだけど、開けてくれないか?』と尋ねると、『今日はお客さんも少ないからー』って開ける事に面倒くささを全快に出してきた。
まー確かにオレのためだけに電気代を使わせるのも悪いかと思い、めずらしく広いキレイなロビーがあったから、多少の寒さを我慢しながらそこで年賀状を書きながらビールを飲んだ。
| 2009.12.ブータン | 23:15 | comments(0) | - |
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